2012年2月22日水曜日

一周忌

斉藤佳子です。

先日、津波で亡くなった祖母の一周忌がありました。
ちょっと早いかな…とも思いましたが、
3月11日に亡くなった方々の数を思えば
一周忌ができただけ良かったかなと思います。

手を合わせて思うこと。
お葬式の時は
『寒かったね、苦しかったね。助けられなくてごめんね。』
そんなことばかり、心で何度も繰り返していました。

一周忌では
『おじいさんと仲良くやってる?喧嘩してない?』

一周忌までの短い時間の中で
少しずつ、心の中が大地震大津波から
解放されていく感じがしています。

思いは人それぞれかもしれません。
まだまだ抜け出せない方はたくさんいると思います。

でも私は祖母の死が無駄にならないよう
前を向いて、笑って、家族仲良く助け合って
これからも祖母の分まで生きていきたいと思いました。

そんな思いを強く感じた一周忌でした。

左の写真は祖父母。
そして、料理好きな私に祖母が買ってくれた本です。

2012年2月8日水曜日

おにぎり

斉藤佳子です。

私には忘れられない『おにぎり』があります。

震災後4日目に女川から避難してきた両親が
持ってきてくれた『おにぎり』です。

水道・電気の復旧の見通しは立たず。
営業している店などありませんでした。

私たちがその時食べていたのは、
家にあった食べ物を少しずつと
1日1度の 配給でいただいたお茶とお菓子とおにぎり。
おにぎりは1日一人1個でした。
8枚切食パン1枚とか。
まだ、頂けるだけありがたかったです。

昼間は避難所から自宅へ戻り
両親をいつでも迎えられるように家の片づけをしていました。
夜は余震と暗闇が怖かったので避難所で…。

4日目 、両親は、女川から私の家まで友人のAさんに
冠水した道を車で送ってもらいました。
その時、Aさんに持たせてもらったのが
『おにぎり』でした。

両親はAさん宅で『おにぎり』を
2つずつ出して頂いたそうです。
二人とも1つ食べたところで
手は止まりました。

もう一つの『おにぎり』は、孫たちに食べさせたい…。
二人の気持ちは一緒でした。

それを見たAさんの奥様は
『大丈夫!孫だぢの分もちゃんとあっから、
あんだら食べていがいん!!』と言って
私たちの為に『おにぎり』を持たせてくれたそうです。
Aさんも6人家族、米はどれだけあっても
足りないはずなのに。
その心遣いには感謝しても足りません。

『おにぎり』を見た息子たちは
すごく喜んでむしゃむしゃと食べました。
『もう1個いい?』
『食べらいん。食べらいん』
こんなにお腹が空いてたんだ…。
気づいてあげられなくてごめんね。

一番不安が大きかったのも、この頃でした。
いつ仕事先から戻るか分からない夫、この先3人でどう生活して行こう…。
そんな時両親が来てくれてどれだけ心強く、勇気づけられたことか。

今でも『おにぎり』を見ると思い出します。
両親に会えた喜びと、 あの時のAさん夫妻の優しさと思いやり
そして『おにぎり』を食べる子どもたちの笑顔を。