2012年12月2日日曜日

変化

うちの子どもたちが胃腸炎でダウンする中
ひとり元気な斉藤佳子です。

皆さんは風邪などひかず元気に
過ごしてますか?

震災から1年と9か月が過ぎようとしています。
そんな中、家族の中で震災後
1番変化があったのは自分だなぁと
思うことがあります。
とくに最近は。

夫さんは
震災前と変わらず ありがたいことに、
同じ仕事をしています。

子どもたちは
学校へ行き勉強をして
遊んで毎日過ごしています。

私といえば…
仕事をしていた実家が流され
仕事をすることがなくなりました。
でも、布さんだるという
ライフワークが出来ました。

そこからいろんな方々と
つながることができ
こうしてブログなんぞを
書かせていただいています。

そして、最近新しい変化が1つ。

近所で再開されるスーパーで
働くことになりました。
これは大きな変化です。

この変化には
当然、震災の影響が大です。
なぜなら震災の影響により
夫さんの給料カットがあるからです。

ぶっちゃけ、かなり厳しいです。

この影響は
私たちだけではなく
周りも同じような状況だと思います。

私の友達は
全壊の家を直し
住み始めました。
もちろん2重ローンです。

そんな人たちが
たくさんいます。
家が残った私たちでさえ
厳しさを味わっているのに
こうして、2重ローンを
抱えてる人たちは
もっともっと厳しい状況にあります。

文句なんて言ってられない
誰のせいでもない。
この苦境を
自分たちで乗り越えていかなければ!!

そんな気持ちが
私を後押ししています。

新しい変化の1歩が
また進み始めました。

外に出れば
きれいな花に出会えることもあります。
それだけで幸せを感じられます。

2012年11月9日金曜日

ぴーちゃん

斉藤佳子です。

今日、何気なしに小学2年生の息子が言いました。
「ぴーちゃんって津波で流されなかったら何歳?」
私:「津波の時は93歳だったから94歳かな。」
息子:「津波なかったら生きてたよね。会いてーなー。」

「ぴーちゃん」とはこちらの方言で
祖祖父、祖祖母のことです。

たまに会話の中に祖母のことが 出てくるのですが、
さすがに今日の会話は
心にじわじわ沁みてくるものがありました。

子が2歳の時、祖母が詠んだ短歌があります。

「ぴーちゃん」と優しく呼び居し二才兒も
この頃逞し兄に倣ひて

私も祖母に会いたいです。

写真は8歳になった息子。さらに逞しくなりました。

2012年10月26日金曜日

布さんだる*11月のイベント

こんにちは。斉藤佳子です。

11月のイベント三連発です!!
お近くの方はぜひぜひお越しくださいませ。

【東日本大震災復興支援「つくることが生きること」新潟ワークバザール2012】
11月3日(土)~18日(日)
会場:新潟市の上古町商店街(上古町商店街振興組合)
http://niigata.wawa.or.jp/

【2012東北大学祭 東日本大震災復興フェア】
11月2日(金)~4日(日)
会場:東北大学川内キャンパス厚生会館及びデッキ(宮城県仙台市)
http://www.festa-tohoku.org/index.html

【くるんで】
11月10日(土)~11日(日)
会場:宮城県石巻市
Berry's Kitchen http://pontic.net/?eid=26

11月はどこもイベント盛りだくさんですよね。
まだまだ、震災を忘れず
助けてくれる方たちがいることに 本当に感謝です。

2012年10月5日金曜日

実りの秋

こんにちは。斉藤佳子です。

あの暑さから一転して
ようやく秋の気配が
感じられるようになった石巻です。

いつものようにお隣の女川町では
『さんま祭り』が開催され、
福島・いわき市の実家からは
『豊水梨』が送られてきました。

脂がのったさんまと、酸味と甘さが絶妙な梨と。

これらも、あの暑さを乗り切って
私のもとへやって来たんですよね。

私もこの夏は少しは成長したかな。
夏の集大成が秋、冬に発揮されるんだ!
そう思うとこれからの自分に
ワクワクドキドキしてしまいます。

ということは… 私に脂か酸味か甘さ、
どれかがのってるはずですよね。
どうか脂じゃありませんように(笑)

4年前に購入したオリーブの木に、
初めて実がつきました。

2012年9月28日金曜日

布さんだる

こんにちは。 斉藤佳子です。

以前のブログでも紹介させていただきましたが、
私は1年前から友人2人と
布さんだる(私たちが作る布ぞうりをこのように呼んでいます。)を
製作しています。

この活動も9月23日で
1周年を迎えることとなりました。

1年間続けてこられたのは、
周りの方の協力と、応援してくれる
みんながいてくれたからです。
『感謝』 この一言に尽きます。

今年の始まりは
5月に石巻で行われた
『いしのまきクラフトフェア』からでした。

このイベントは石巻を元気にするべく、
モノづくりをされている石巻在住、出身の
名のある 方々の企画、販売でした。

ご縁があり、私たち『O.B.N』(活動名)も
参加させていただくことになりました。

このイベントへ参加することで
新聞折り込み冊子へ紹介していただき、
さらに仙台中心部で販売を していただけることになりました。

そして、インターネットでの販売。
(NPOから支援で販売しています。『応援最中』)

今年の夏は布さんだる一色でした。
購入していただいた方から
「これではダメだ!!」 とダメ出しをされたこともありました。

これも勉強!と気持ちを入れ替え
3人で協力してきました。

頑張ってる姿を見ている人はいないけれど
頑張ったことはきっと認められる。
そう信じてこれまで活動してきました。

まだまだ布さんだる作りは終わりません。
11月には大学の学園祭、
石巻でのイベントへ参加します。

いつの日か、 このブログをご覧いただいてる方々にも
布さんだるを手に取ってもらえる日が
来ることを楽しみにして
これからも布さんだるを
作り続けていきたいと思います。


いしのまきクラフトフェア http://ishi-cra.jugem.jp/
応援最中 http://www.oenmonaka.org/obn-shop/
O.B.N http://o-b-n.jugem.jp/

2012年8月20日月曜日

夏祭り

昨年に引き続き、被災地の小学生に夏休みの思い出づくりにと、
いろいろな団体が様々なプログラムを用意してくださいました。
長女の友だちも、北海道に行ったり、東京ディズニーランドに行ったり!

我が家の長女(小4)は仲良しのお友だちと8月14・15日と
群馬県太田市尾島のねぷた祭りに参加しました。
最初はお祭りを見学するだけだと思っていたら、
山車を巡行する列に参加とのこと。
係の方が2度も石巻に来て、
「ねぷたばやし」を指導してくださいました。

当日は石巻を8時半に出発。
2時頃太田市に到着して、お囃子の準備。
5時半から9時近くまでお祭りに参加となかなかのハードスケジュール。
群馬の暑さは、石巻とは比べものにならないと聞かされ、
少し不安な気持ちで送り出しました。

1泊2日はあっという間!
1時間遅れて、20時到着。
係の方が一番初めに「子どもたちとても立派でした!」
と声をかけてくださいました。

家に帰るの車の中では興奮気味の長女、話が止まりません。
バスの中で、ゲームや歌を歌ったこと。
市長訪問したこと。
お囃子のお姉さん(30歳くらい?)がとってもカッコよかったこと。
そのお姉さんとお友だちになったこと。
次の日、こどもの国(総合公園)で遊んだこと。

お祭りでは途中、具合が悪くなり見学になってしまったそう。
はじめはお囃子に参加するのは恥ずかしく、
行く前は「イヤだなぁ・・・。」と言っていましたが、
最後まで出来ず悔しかったそうです。

お囃子に参加していたときのこと。
おばあさんに肩をポンポンと叩かれ、
「がんばりなさいね」と優しく声をかけられたそうです。
「私ひとりに声をかけてくれたんだよ!」ととても嬉しそうに話してくれました。

招待して下さったNPO法人「生きる塾」他イベントに関わってくださった
全ての方々に感謝します。

石巻最大の夏祭り、「石巻川開き祭り」
7月31日8月1日と行われました。




2年ぶりに復活した小学校の鼓笛隊。

 
 


鎮魂と復興を願う花火。
昨年は全壊した友人の家の土台の上でBBQをしながら見ました。
今年はまだ改装していないうちの店の2階でブルーシートを敷いてみました。
来年はどこで花火を見るのだろう。
 






2012年6月11日月曜日

母の手紙

阿部由貴子です。

今日はいい天気。
仕事がお休みでよかった。
朝から洗濯機フル回転です。

5月は忙しい月でした。
GWに運動会に遠足。
父の入院退院、震災で亡くなった大叔父大叔母のお葬式。

仕事も忙しく、私は子どもたちの運動会はほとんど見ることができませんでした。
でも母はもちろん、他の学校に通っている友達家族や近所の親戚のおば様たちが応援に駆けつけてくれました。
相方も仕事の合間に、親子競技や地区対抗リレーに参加。
お弁当も母や滝川のスタッフが手分けして作ってくれて、
子どもたちにとっては楽しい運動会だったようです。

5月には母の日もありました。
震災後は今まで以上に母の力を借りているので、
今年はきちんと感謝の気持ちを伝えようと鉢植えを持って実家に行きました。
でもその日に限って、次から次へと訪問者やら電話が鳴り・・・。
私:「これ」渡す。
母:「あ、ありがとう」受けとる。
となんともそっけない母の日に。
でもそんなカンジが私たちっぽいかもしれません。

「昨秋と同じようにチューリップを100球植えました。
プランターを置いていた所はガレキからさら地になり先が見えません。
それでもやっぱり植えました。
今は冬の時。
根をはる時と思い植えました。
春になれば、春になればと。
遠くから心を寄せ、
心配して励ましてくださる方々がいることを本当に心強く思います。
ありがとうございます。」

母が支援をしてくださった方に書いた手紙。
私も母のように感謝の気持ちを忘れない人になろう。

今春、咲いたチューリップたち